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無受想行識

ゼロ年代の変性意識文化について

ラシュコフとローザク

2026年1月20日

ラシュコフの描いた夢と無意識の期待

1980年代、小さな会社の会社員となってCP/MやMS-DOS上で8086アセンブラ、C言語、あるいはFACOMの事務用BASIC(F-BASIC)で顧客向けツールを作っていた。コンピューターを小規模な企業でもツールにできることに新しさと興奮を感じていた。

1995年、Windows95の登場でインターネットへの接続は、コンピューターを個人の新しいつながり方を可能にした。これを「人間とその精神の拡張」を意味すると無意識にだが、つまりそのような言葉を持っていたわけではなく、一種の「気配」として感じ始めた。PCは事務機器から、社会的な接続装置へ変わり、技術を効率化の手段としてだけでなく、自己理解や他者理解の仕方そのものを変える媒体へと変わりつつあった。いま振り返ると、それは「テクノロジーと人間精神のつながり」という曖昧な直観、技術と意識が互いを作り変える可能性を感じ取っていたのだと思う。

ダグラス・ラシュコフを知ったのは2010年より後だと思うが、この頃の感覚を言語化する助けになったのだった。ラシュコフは90年代に、サイバーカルチャーを単なる流行ではなく、社会組織と人間認識を再配線する文化現象として読んだ。『メディア・ウイルス』では、情報が「上から下へ配信されるもの」から「ネットワーク内で自己増殖するもの」へ変わる局面を捉え、受け手が同時に送り手になる回路を描いた。『サイベリア』では、レイブ、サイケデリック、初期ネット文化、DIY精神を、同じ変容願望の別表現として束ねてみせた。彼の初期の仕事には、テクノロジーを通じた民主化への強い期待がある。

その頃はラシュコフを知らなかった僕だが、それでも不思議なことに、同じムーブメントを感じ取り、そして、前回紹介したレインボー2000のようなレイブ・イベントへと向かっていた。そして今、僕は「なぜ、私はそこにいたのか」と自問しているのである。

D・ラシュコフ「サイベリア」
D・ラシュコフ「サイベリア」
D・ラシュコフ「デジタル生存競争」
D・ラシュコフ「デジタル生存競争」

ラシュコフの変遷とセオドア・ローザク

T・ローザク「意識の進化と神秘主義」
T・ローザク「意識の進化と神秘主義」
T・ローザク「コンピュータの神話学」
T・ローザク「コンピュータの神話学」

一方、ラシュコフはその後の2010年ごろ考えを変え始めている。同じ回路が金融化・監視化・プラットフォーム化される過程を見据え、自説を更新した。ネットは自動的に自由を拡張するわけではない。設計と所有が偏れば、参加の言語はそのまま搾取のインターフェースになりうる。彼が後年強調する「人間を中心に取り戻す」という主張は、90年代の夢の否定というより、夢を制度設計の問題として引き受け直す試みだと僕は理解している。

実は、この「夢と修正」の往復を、ラシュコフ以前に、すでにセオドア・ローザクの本で見ていたと同時に気付かされた。ローザクは、60年代末から70年代にかけて本を書いていて、当時のカウンターカルチャーのムーブメントを単なる若者反抗としてでなく、近代合理主義そのものへの批判として読んだ思想家である。60年代末から70年代にかけての彼の仕事は、技術進歩の速度に対して、人間の意味経験が置き去りにされる危機を執拗に問う。彼の文体は予言的だが、議論の芯は具体的で、教育、戦争、官僚制、メディア、知の制度といった現実の装置へ接続している。

『意識の進化と神秘主義』でローザクは、当時広がっていた意識変容への関心を、単なる退行でも商業的スピリチュアルでもないものとして救い出そうとした。彼が見ていたのは、科学を捨てることではなく、科学だけでは包摂できない経験領域をどう扱うかという課題である。合理性の価値を認めながら、その独占を拒否する姿勢。これは反知性主義とは違う。むしろ知性の領土を拡張するための、文明論的な再配置だった。

そして『コンピュータの神話学』では、「情報」が宗教語のように神聖化される過程を告発する。情報量の増大が、そのまま思考の深まりを保証するわけではない。処理能力の向上が、判断の成熟を意味するわけでもない。機械が遂行する計算と、人間が引き受ける思考は同一ではない。ローザクが批判したのは機械そのものではなく、機械をめぐる信仰形式、すなわち「技術が価値判断を代行してくれる」という無意識の委任だった。

ローザクが70年代にこうした本を書いたのには、当時の高度工業化の副作用として、公害、環境破壊、都市疎外、官僚的管理の肥大が顕在化し、科学至上主義への社会的反駁が起きた背景がある。成長の成功体験が、同時に生の劣化を生む。この矛盾の只中で、ローザクは「進歩」の定義そのものを問い直した。進歩とは生産量の増加か、それとも人間の感受性と共同性の質的向上か。彼の問いは、時代の感情に深く根ざしていた。

これは現在にも重なるものなのだ。私たちはデジタル社会を確かに謳歌した。接続は速くなり、検索は即時化し、創作と流通のコストは劇的に下がった。だがその後、注意の収奪、常時比較による疲弊、アルゴリズム依存、分断の増幅、データ主義的管理が前景化した。便利さの勝利のあとに、精神の可処分領域が痩せる。この順序は、工業化の光と影が70年代に露出した構図と、驚くほど似ている。そして、ラシュコフの変遷とも似ている。

ムーブメントとしての夢、その先へ

1998年のレインボー2000にいたのは、音楽イベントの参加者というよりも、90年代末における、まだその後の総合が感じられる前の言わば「春めいた夢」のような、「テクノロジーと人間存在の変容」という時代的な変革の場に身を置いていたいという願望によるものだったのだと思う。

そしてここで、いま新たに立てたい問いは、当時のラシュコフが語っていたものは、ひとつのムーブメントのジャーナリスティックな描写として読めるのではないかということ、そしてそこでは、テクノロジー論と社会批評だけでなく、神秘主義、意識改革といったニューエイジ的要素が、否応なく絡み合っている。その描写をする試みにはそれなりに意味があるかもしれないということである。

このエッセイのシリーズでは、2000年代における、こういったムーブメントを追っていきたい。具体的には、レイブ・カルチャーの経験、シャーマニズム的嗜好、神秘主義やニューエイジ言説、サイケデリックをめぐる文献と体験の往復をたどる。おそらく、この一種の解放の夢がどのように共同性を生み、どの時点で制度や市場に回収され、なお何が残ったのかという動態についても考えていくことになるだろう。

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