闘争と逃亡
昭和アンダーグラウンド文化について
「実験的精神」の系譜 (京大西部講堂にて)—— メリエスからケネス・アンガーへ
前回書いたような反体制のコモディティ化という危機の中、1980年代の幕開け、昭和の終わりの始まり、日本のアンダーグラウンドなカルチャーシーンには、ある種の熱気があった。それは単に新しいものを追いかけるだけの時代ではなく、過去の遺産の中から何かを見出し、そして商業主義に飼い慣らされていない自由な魂を掘り起こそうとする試みであったと思う。
僕にとっては、その象徴的な場所の一つが、京都大学西部講堂における「シネマ・ド・オルフェ」だ。
手元に、当時西部講堂を拠点に活動していた上映集団「オルフェの袋小路」の「シネマ・ド・オルフェ」の数枚のチラシがある。これらの紙面からは、当時のアンダーグラウンド文化の中で、映画というメディアに何を求めていたかが、それとなく伝わってくる。彼らが求めていたのはコモディティ化されていない「実験的精神(アバンギャルド)」だったのではないかと思う。
「映画創生期」と「アンダーグラウンド」の奇妙な同居


1981年6月のチラシには「映画創生期からアンダーグラウンドまで —— 別の映画の系譜」と大見出しにある。
ラインナップは、映画の父・リュミエール兄弟や『月世界旅行』(1902)のジョルジュ・メリエスといった黎明期の作品と並んで、ルイス・ブニュエルの『アンダルシアの犬』、そして戦後アメリカのアングラ映画の雄、マヤ・デレンやケネス・アンガーの名前が連なっている。
通常、映画史の教科書的には「創生期」と「現代実験映画」は章を分けてするが、80年代のアングラ・シーンにおいて、これらは同列だった。メリエスが描いた月面の幻想も、ダリとブニュエルが切り裂いた眼球も、そしてケネス・アンガーが描いた暴走族の革ジャンも、すべては「トリック(魔術)を使って現実を異化する」という一点において、同じ「実験精神」の系譜にあるものとして捉えていたのだ。
チラシにある、「映画史上はじめてトリック撮影を行って(中略)映画の手品師ジョルジュ・メリエス」という言葉は、映像作家たちへの前衛性への賛辞だった。
オカルトと前衛の融合:ケネス・アンガーの衝撃


この時代、強い磁場を放っていたのが、ケネス・アンガーである。『MOCOSS FILM ARCHIVES』(1981年3月)の記事「ルシファーの御来光を待ち詫びて十年」は、アンガーの代表作『ルシファー・ライジング』の日本公開がいかに待望されていたかを物語っている。
記事の中で、アンガーは単なる映画作家としてではなく、「魔術(Magick)」の実践者として紹介されている。アレイスター・クロウリーに傾倒し、映画制作を「魔術的儀式」と捉える彼の姿勢は、80年代の日本で勃興しつつあったオカルトブームやニューアカデミズムの風潮とも共振した。
この記事に「アンガーはいっぽうでは映画づくりに参加したり、また、他方ではハリウッドの映画界の観察者でもあった」とあるように、ハリウッドという商業映画のシステムの内部にいながら、その裏側にあるスキャンダルや闇(『ハリウッド・バビロン』)を暴き、自らの作品では光と影、ロックンロールと悪魔崇拝をコラージュしてみせた。その姿勢は、高度消費社会化していく80年代日本において、カウンターカルチャーを志向する若者たちにとっての「聖典」となり得たのだ。
アニメーションにおける前衛
また、この時代の「実験精神」は実写だけに留まらない。「夏の夜のシネマ流星群」のプログラムを見てみると、そこには「アンダーグラウンド・アニメーション」という枠が設けられている。
宇野亜喜良、和田誠、横尾忠則といった、当時のグラフィックデザイン界のスターたちが作ったアニメーションが上映されていることにも注目したい。特に横尾忠則の『堅々獄夫婦庭訓(カチカチヤマメオトノスジミチ)』などは、アニメーションを「子供のもの」から「大人の、しかも前衛的な表現手段」へと引き上げる試みだった。ここでもまた、ウォルト・ディズニーの『不思議の国のアリス』と、チェコの幻想作家カレル・ゼマン、そして前衛作家たちが「ファンタジーと実験」という文脈でフラットに並べられている。

80年代アングラ文化と前衛
西部講堂の暗闇で、1902年の『月世界旅行』から1970年代の『ルシファー・ライジング』までを観た私は、そこに何を見ただろうか。
それは、映画が産業として巨大化し、物語を語るための道具として洗練されていく過程で切り捨ててしまった、「実験性」や「怪しさ」などの魅力だったのではないだろうか。
80年代のアンダーグラウンドが志向した「実験精神」。それは、未来へ向かって一直線に進歩することではなく、映画が生まれた瞬間に持っていた「魔術」を取り戻すための、過去への遡行の旅だったのかもしれない。「オルフェの袋小路」の活動にみる手書き文字や図像の向こう側に、商業主義とは別の、映像の純粋な「力」を信じた時代の熱い息吹が今でも感じられる。